2023年7月歌舞伎座「七月大歌舞伎」(夜の部)劇評

2023年8月7日

このページでは、2023年7月歌舞伎座「七月大歌舞伎」(夜の部)の劇評(感想文)を執筆しました。

2023年7月歌舞伎座「七月大歌舞伎」(夜の部)

神霊矢口渡

福内鬼外作。平賀源内のペンネームである。
「エレキテル」に関わる蘭学者として有名だが、人形浄瑠璃も手がけており、これが最大のヒット作。
初演時には大当たりを取って、現在の大田区・東急多摩川線沿線にある新田神社に人出が絶えなかったという。

数年前に国立劇場で半通しを復活する試みがあったが、一貫して「頓兵衛住家」のみが繰り返し上演されている。
現代まで残った理由は、なんといっても愛する人を命懸けで守ろうとするお舟の姿と、その父頓兵衛の異形な造形にあるだろう。

まず前半。九團次の義峯は律儀で実直だが色気が薄く、お舟が一目惚れするだけの説得力に欠ける。
児太郎のお舟も無難にこなしている印象で、全体的に平坦な場面となってしまった。
廣松の傾城うてなも「傾城」と呼べるほどの美貌と魅力は感じられず、役柄を一通り勤めている雰囲気。
新十郎の下男六蔵は剽軽で愛嬌があり、唯一気を吐いた。

後半に入ると、児太郎のお舟が一変して魅力的な人物となる。
このために前場で力を抑えていたのかと思えるほどの変化で、驚いた。
手負いの苦しみ、真に迫る恋心が身に沁みる。端々の所作や見得も出来が良い。
男女蔵の渡し守頓兵衛は初役。父の左團次が持ち役としており、4月に亡くなった父の面影を見に来た観客も多かったと思われる。
「蜘蛛手蛸足」はまだこなれていないが、頓兵衛としての人物造形は迫力も大きさもあって出来映えは良い。児太郎のお舟との釣り合いも取れていた。

掛け声をかける大向こうが誰もおらず、見得のときに間抜けな感じを覚えた。時代物の義太夫狂言に大向こうはつきものだと実感した。

神明恵和合取組 め組の喧嘩

明治23年(1890年)に初演された作品で、従って実在の事件を扱うに当たって実在の地名や人名が登場する芝居である。

序幕。右團次の四ツ車大八は関取の大きさを感じさせて立派。
力士たちが酒に酔い障子を倒したところに、め組の鳶(九團次・市蔵)が乱入するが、め組の頭・辰五郎(團十郎)が割って入る。
團十郎は頭の風格と品の良さを感じさせ、出ると場面がぐっと華やかになる。
武士や力士と会話ののち、ぴしゃりと戸を閉めるところも感情がこもっている。
一方、九團次・市蔵らの鳶は江戸弁の歯切れの良さを感じさせない。
この芝居を通して言えるが、鳶の操る江戸弁(江戸言葉、下町言葉)がそれらしく聞こえず、非常に残念に思う。
職人言葉が流暢で自然に聞こえてこそ江戸の空気感が伝わってくるものだが、今回はそれがあまり感じられなかった。
また、鳶たちの「下品な」言葉と鳶頭辰五郎の「上品な」言葉遣いの対比によって辰五郎の格も際立つのだが、それも中途半端であった。
八ツ山下、茶飯屋の風情で「世話」の空気、江戸の情景を感じられるとよいのだが、
そう思わせてくれる場面にはなかなか出会わない。暗闇のだんまりは一通り。

二幕目。雀右衛門のお仲は上品で、種之助のおもちゃの文次は可愛げがあり、倅又八との三人の会話は血気盛んな芝居の中で清涼感がある。
小屋から出てくる九竜山浪右衛門は角力言葉もしっかりとして風格がある。辰五郎と四ツ車の間に割って入る権十郎の座元喜太郎はきっぱりしている。

三幕目。又五郎の喜三郎は雰囲気があるが、もう少し煤けた感じがあっても良い。萬次郎の喜三郎女房は世話女房の役割をしっかり勤めている。
代わって辰五郎内、雀右衛門の雀右衛門は品を保ちながらも辰五郎を責める気位の高さを感じさせる。
辰五郎が覚悟を決め、半纏を羽織るところで笑いが起こる。一瞬で着替えるので驚いたのかもしれないが、あまり気持ちの良いものではない。
團十郎が本心を隠しながらも着々と支度を調えているところに、段取りではない深いところの感情の変化を感じさせる。

大詰。水盃をするところ、役者が実際に水を口に含んで足袋に吹き付けるところはこのご時世にあって驚いた。一階席後方まで水しぶきが漂ってきた。
見せ場の立ち廻りは派手で面白く、飽きないよう工夫されている。これだけの人数を出すところはさすが歌舞伎座という感じがする。
留め男で又五郎の喜三郎が割って入るが、もう少し位の高さが出てほしいところ。

全体を通して、團十郎が座頭としての役割を果たし、単なる「立ち回りの前座」ではなく世話の芝居をしっかり見せてくれるところを好感した。
このところの團十郎の成長は目を見張るものがある。襲名を機にということもあるだろうが、
周囲からの雑音をはね除け、世代を牽引していく覚悟と、役者としてのさらなる成長に期待が高まる。

今回驚いたのは、作中三幕目冒頭に「錦木」という力士の名前が登場したこと。
当代の錦木は大相撲七月場所(名古屋場所)で活躍し話題を呼んだが、そのための入れごとでは無く、脚本の時点で入っている名前らしい。
「錦木」という四股名は江戸時代の大関に由来する伝統ある名前を代々継承しているとは知っていたが、
こうして芝居の中にも記録されていることがわかって驚き感じ入った。
歌舞伎も相撲も江戸が生んだ一大娯楽であり、それを今でも楽しむことが出来る環境に感謝したい。

鎌倉八幡宮静の法楽舞

明治18年(1885年)に初演され、絶えていたところを平成30年(2018年)に復活上演し、今回再演となった。
見所は、主演を勤める團十郎の七役の早変わりと、原作の九代目團十郎らしい六方掛合の音楽。

今回印象に残るのは、なんといっても河東節、常磐津、清元、竹本、長唄囃子に加え箏曲も含めた豪華な編成での合奏。
歌舞伎座の通常の音響とは違って明らかにマイクとスピーカーを通した電気的な音楽で、最初それはどうかと思ったが、
音圧と迫力の前には立ち向かえないほど魅力的な音像になった。最終盤にはトランス状態を起こすかと思うほど。
三味線音楽や和楽器好きにはたまらなかっただろう。

團十郎の七役早変わりはよく工夫されていて、見事に客を沸かせる。
七役の中では、源義経の美しさが誰よりも抜きん出ている。当代團十郎の女形は不安だったが、静御前は化粧の工夫なのかまずまずだった。
衣装替えのつなぎの時間も飽きないよう考えられており、油で滑る九團次が面白かった。
幕中時々現れて踊り、そして幕切れでは竹抜五郎と五郎姉二宮姫として登場した若々しい新之助とぼたんが華を添えた。

2023年7月28日(金/千穐楽)、夜の部16:00開演の回を一階後方二等席で観劇。
大向こうは「神霊矢口渡」では千穐楽にもかかわらず誰もいなかったが、「め組の喧嘩」では1人、「静の法楽舞」では多数いた。
「め組の喧嘩」では現代の「め組」の法被を着た方が招待されていたようで、好評な様子だった。

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