2023年7月新橋演舞場「新作歌舞伎 刀剣乱舞」劇評

2023年8月7日

このページでは、2023年7月新橋演舞場「新作歌舞伎 刀剣乱舞」の劇評(感想文)を執筆しました。

2023年7月新橋演舞場「新作歌舞伎 刀剣乱舞」

新作歌舞伎 刀剣乱舞 月刀剣縁桐(つきのつるぎえにしのきりのは)

「時代」に「近づく」意外性は歌舞伎の新たな鉱脈となるか

人気オンラインゲーム「刀剣乱舞」を題材とした新作歌舞伎。
他分野とのコラボレーションはこれまでも新橋演舞場の新作で幾度となく繰り返されてきたが、
本作はこれまでにないほど歌舞伎の世界にフィットするものであった。

西暦二二○五年の未来世。審神者(さにわ、ゲームのプレイヤーのこと)のもとに、
過去の歴史を修正しようと企む「時間遡行軍」(じかんそこうぐん)が現れたとの報せが入る。
足利義輝暗殺の首謀者といわれる松永弾正を暗殺し、歴史を改変しようと画策しているという。
刀剣に宿る「付喪神」(つくもがみ)が実体化した「刀剣男士」(とうけんだんし)六振り(六人)は、室町時代へと遡り、時間遡行軍と対決する…。

本作が成功した大きな要因は、企画や脚本が歌舞伎の「時代物」の立て付けにしっかり収まっていることである。
これまでの新作は「原作を歌舞伎風に仕立てたもの」「歌舞伎の演出を取り入れた新劇」というものが多かった。
しかし、本作は、まるで今まで古典として存在していたかのような古典「歌舞伎」然としているのである。

なぜ古典歌舞伎のように感じるかという点をいくつか挙げるとすれば、
まず従来の歌舞伎作品でも重要な役割を果たしてきた「刀剣」が題材であること。
本作内にも「小鍛治」のモチーフが取り上げられているように、刀剣と歌舞伎との関係は切っても切り離せない。
歌舞伎の立ち回りも刀を使って舞うように戦う。まず企画からして歌舞伎との親和性が高かったといえる。

次に、本作の骨格である歌舞伎の「時代物」と、ゲーム「刀剣乱舞」の方向性が同じであること。
現代人が過去の物語を求める欲求は古今東西共通であり、その表現方法が演劇(古典歌舞伎)であるか、ゲームであったかという違いでしかない。

最後に、歌舞伎の「世界観」を主体とし、新作のストーリー側がそれに従うものとしたこと。
他ジャンルとのコラボレーションによる新作歌舞伎はどうしても相手側が主体となり、歌舞伎はそれを彩る要素となりがちである。
しかし本作は、歌舞伎の「時代物」であることからブレずに、歌舞伎の世界へゲームのキャラクターを溶け込ませるという手法をとった。

とはいえ、何ら新しい要素もなく時代物の作品を作っただけでは、擬古典の新作を作ったというだけになる。
本作が歌舞伎に取り入れた新規性は、「未来から過去へ向かうこと」である。
歴史改変を試みる者に対して正しい歴史を守ろうとするというストーリーは「タイムスリップSF」でよく見られる方法だが、歌舞伎の世界では珍しい。

歌舞伎(人形浄瑠璃原作の作品を含む)が過去の歴史にアプローチするとき、二つの方法を用いる。
一つは、現在から過去を描く「時代」の場、そして、過去を現在に引き寄せる「世話」の場である。
現代の人間を過去の人物と融合させようとする試みは歌舞伎や人形浄瑠璃の得意とするところであり、
例えば「義経千本桜」の「すしや」の場(段)などを挙げることができよう。
「すしや」に登場する「権太」は明らかに(江戸時代の)現代人である。つまり、「時代」を「世話」に引き寄せていたのである。

しかし、今作はその逆に、「世話」(現代人、または未来人?)を「時代」に寄せていった。これが創意工夫である。

この発想は、今後の作劇にも役立つだろう。
「刀剣乱舞」の「歴史遡行軍」というフォーマットは繰り返し上演に耐えうるであろうし、
現代人を「時代」の場に登場させるという手法も、前提となる企画と脚本がしっかりしていれば上演可能であることが示された。
脚本の松岡亮、演出の尾上菊之丞・尾上松也の技量は優れているというほかない。

上演内容を振り返ると、中村梅玉を上置きとした若手の奮闘公演であった。
尾上松也の三日月宗近は浮世離れした美しさを放ち、上品で端麗。尾上右近の小狐丸は華やか、
中村鷹之資の同田貫正国は機敏、中村莟玉の髭切は滑らか、上村吉太朗の膝丸は鋭敏で、
河合雪之丞の小烏丸は女形の優美さと刀としての鋭利さを兼ね備えた。
中村梅玉の松永弾正は重さと風格があり、大きな存在感を放って舞台を引き締めた。

刀剣男士役6人のうち、3人は別の役を兼ねている。役を兼ねてみせることも歌舞伎の魅力の一つであるから判断は難しいが、
仮に再演があるとすれば、一人二役はなるべく避けてほしいと思う。
古典作品で複数役を兼ねることがわかっていれば、あるいは一人数役を早変わりすることが売りの新作であればそれを前提に鑑賞できる。
しかし、今回兼ねた役に特段の必然性はなく、ストーリーを純粋に楽しむ上では妨げですらあった。
物語を見せることを大事にするならば、このような作品では役を兼ねることはなるべく避けてもらいたい。

「タイムスリップSF」といえば、歴史をただすために犠牲になる葛藤・逡巡を現代的にはもう少し丁寧に描くところを、
本作では次の場で「陰腹」という手法で見せたのは歌舞伎的割り切りであった。
初見時はもう少し場面をおいたほうがよいと感じたが、今となっては「陰腹」という演出で見せる衝撃のほうが大きく、よかったと思う。

舞台装置や小道具も本格的であった。ゲームが原作だからといって手抜きをしない心意気を感じた。
「暫」の権五郎を敵に回したようなキャラクターは着想が面白い。
舞台、花道のみならず、劇場全体を包み込む演出も印象的で、わざわざ三階席まで人形や役者が現れたのは新作らしく創造性に溢れていると感じた。

音楽面では、通常「大薩摩」が入るところに薩摩琵琶を起用したことも新鮮に思えた。
今でこそ三味線音楽は和楽器のスタンダードだが、歌舞伎の創始期には大陸から伝来した新しい音色を奏でる楽器だったはず。
薩摩琵琶の音色が古くて新しい感触と感動をもたらした。

コロナ禍を経て観客動員が落ち込む中、集客のために行う新作で終わることなく、
古典歌舞伎にも通じる新たな境地を開いた新作を作り上げ、上演したことに感謝したい。

2023年7月27日(木)夜の部(16:30開演の回/千穐楽公演)、3階B席上手側袖席にて観劇。
10分程度の特別カーテンコールあり。大向こうさんは複数確認。
上演前に出演者からカーテンコールでの声かけの推奨があり、実際にカーテンコールでは特に女性ファンからの賑やかな声が聞かれた。

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