松竹歌舞伎と国立劇場

2023年7月3日

現代の歌舞伎と松竹

現在、歌舞伎を職業として行っている歌舞伎俳優(=歌舞伎役者)は、約300人です。多いと思いますか?少ないと思いますか?
そのほとんどは、現在「松竹株式会社」と契約し、舞台に出演しています。

「松竹株式会社」と聞いてピンと来た人も多いでしょう。そう、あの劇場映画を製作・配給・公演している松竹のことです。
松竹は現在映画会社として広く知られていますが、演劇公演も広く行っています。何より、松竹の創業当初の事業は歌舞伎の公演です。

江戸時代には様々な劇場(といっても公認された劇場の数は限られていました)が存在して競い合って成長してきましたが、
明治維新を経て西洋演劇が輸入されるにつれて歌舞伎の市場は狭くなり、
その中で近代的経営に努めた松竹が結果として松竹が歌舞伎興行をほぼ一手に背負うことになりました。
歌舞伎役者は松竹と契約を結ぶことで生活が保障され、松竹は安定した興業を打つことができるのです。
なお、松竹と歌舞伎役者の間は契約関係にとどまり、雇用関係ではないため、時として問題になることもあります。

松竹は直営の劇場を4つ保有しています。
東京の「歌舞伎座」(かぶきざ)と「新橋演舞場」(しんばしえんぶじょう)、
京都の「南座」(みなみざ)、大阪の「大阪松竹座」(大阪松竹座)です。
歌舞伎座では歌舞伎公演が通年行われているほか、他の劇場でも定期的に歌舞伎公演が行われます。

世界を見渡しても、伝統文化を企業の手で運営されているケースは珍しいことです。これは、松竹の企業努力によるものといっていいでしょう。
松竹が製作(プロデュース)する公演の経費は、一部を除いて全額が松竹の収入で賄われています。「歌舞伎座」も松竹が私的に所有する建物です。

松竹の歌舞伎公演は、よく誤解されているように、税金が投入されて行われているものではありません。
ですから、松竹で歌舞伎を製作している人々は、民間事業として歌舞伎公演を行うことを誇りにしています。
しかし、現在歌舞伎公演を製作している大手の団体がもう一つあります。それは、「国立劇場」です。

国立劇場の役割

国立劇場は、無形の伝統文化を保存・普及させるために設立された団体およびその運営する劇場のことで、
現在では独立行政法人日本芸術文化振興会という組織になっています。多くの場合、その組織名ではなく各劇場の活動として紹介されます。
国立劇場の歌舞伎における役割は、大きく分けて公演の製作・公開と伝承者の養成の二つに分かれます。

まず前者は、東京・半蔵門にある施設「国立劇場」(建て替えのため2023年10月末閉館)で歌舞伎の製作・公演を行っています。
よく勘違いされるのですが、歌舞伎を見ることができる会場は、東京・東銀座にある「歌舞伎座」だけではありません。
確かに12ヶ月ほぼいつでも歌舞伎を観られるのは歌舞伎座だけですが、「国立劇場」をはじめ、
歌舞伎の定期公演がある劇場は他にもあります。この点は、本サイトでも紹介していきます。

話を元に戻しましょう。国立劇場が歌舞伎を製作している理由は「法令で定められているから」でもありますが、 「通し狂言」(とおしきょうげん)という歌舞伎本来の形(後述します)に近づけて上演したり、
過去に埋もれている演目を復活させるという意義があります。

また、万が一松竹の経営に問題が発生した場合に備えて、歌舞伎公演の製作機能を維持することが挙げられます。 実際、松竹はかつて文楽の公演を行っていましたが、興業の不振を理由に興行権を手放しました。

松竹も民間企業である以上は仕方の無い経営判断ですが、国としては一企業の経営を理由に歌舞伎が廃絶しては困るのです。
国立劇場の公演にはそういった一面もあります。

なお、国立劇場が製作する公演は原則として独立採算で、費用(制作スタッフの人件費を除く)は収入の範囲に収まるようにしています。

歌舞伎出演者の養成

後者は、国立劇場に併設された養成所で、歌舞伎俳優、歌舞伎音楽(竹本・鳴物・長唄)の養成を、関連団体との協力のもと行っています。

歌舞伎俳優というと煌びやかな檜舞台に立つ看板役者を想像する方が多いと思いますが、
国立劇場では主に脇役(アンサンブル)となる俳優の養成を行っています。

この理由としては、現実問題として脇役俳優が不足していることが挙げられます。

歌舞伎を公演するにあたって、主演や主要な役は「歌舞伎の家」といえるような、
歌舞伎役者を家業として行ってきた(いわゆる世襲)の幹部役者が主に務めます。

一方、台詞が少なかったり皆無だったり、あるいは立ち回りの人手を確保するための役者を「三階役者」や「三階さん」などと呼びます。
これは、「三階さん」が支度をする大部屋がかつて劇場の三階にあったことに由来する言葉です。なお、幹部役者には個室が与えられます。
「三階さん」は幹部役者の弟子として入門し、歌舞伎公演に出演しました。

しかし、役者の身分制度は厳しく、三階さんがスターになる道はとても狭かったといいます。
このことを描いた落語・講談に「中村仲蔵」(なかむらなかぞう)、「淀五郎」(よどごろう)があります。
よろしければ聴いてみてください。

さて、時代は下り、職業は自由に選べるようになり、また俳優を志す者でも歌舞伎だけでなく他の西洋演劇にも道が開かれました。
こうなると、肩身が狭いのが旧態依然とした歌舞伎界です。歌舞伎役者にわざわざ弟子入りする人間が減ってしまったのです。

歌舞伎は幹部役者だけでなく、三階さんのような脇役がいてこそ成り立ちます。これが歌舞伎の存続にとって危機的状況でした。

そこで、国(国立劇場)が主体となって歌舞伎を支える若者を募集し、責任を持って養成し、歌舞伎界に送り出すことになりました。
歌舞伎の音楽面を担当する竹本(たけもと/語りと伴奏)、鳴物(なりもの/太鼓・笛など)、長唄(ながうた/唄と三味線)も
同じような状況に陥っていたので、順次養成制度を開始することになりました。

令和4年4月現在、歌舞伎俳優のうち約33%が国立劇場の養成所出身です。中には人気が出て幹部になる役者も現れています。
歌舞伎音楽では、もっとも古くから養成を行っている竹本ではなんと88%が養成所出身です。養成所なくして現在の歌舞伎は成り立ちません。

この養成事業には国費が投入されています。ですから、歌舞伎に税金がまったく投入されていないわけではありません。
ちなみに、いわゆる「人間国宝」(重要無形文化財の各個認定保持者)にも助成金が年間200万円支給されています。意外と少ないですか?

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