なぜ歌舞伎は難しい?「見取り狂言」と「通し狂言」から考える
2023年7月3日
見取り狂言と通し狂言
この項目のタイトルを読めましたか?「みどりきょうげん」と「とおしきょうげん」です。
歌舞伎と長く付き合うには必ず必要な知識なので、知っておいて損はありません。
「見取り狂言」とは、現在一般的に行われている歌舞伎の上演の方法です。
特に、歌舞伎座で行われる公演はほとんどが 「見取り狂言」です。
「見取り」は「よりどりみどり」から来ている言葉で、様々な演目から好みの部分を抜き出していることを指します。
基本的な構成は、歴史を題材にした「時代物」(じだいもの)から一場面、同時代(江戸時代)の人間ドラマを描いた「世話物」(せわもの)から一場面、
それに派手な見世物として「所作事」(しょさごと、舞踊のこと)を加え、三つの幕から成り立ちます。
もちろん、3本ではなく2本だけ抜き出す、世話物の代わりに新作を加えるなどさまざまなバリエーションがあります。
なぜこのような上演方法が主流になったかを知るには、「通し狂言」を知る必要があります。
通し狂言の功罪
「通し狂言」とは、江戸時代に書き下ろされた作品で一般的に行われていた上演方法で、
朝に開場してから日没で閉場するまで一つの作品を一日続けて上演することです。
始めか終わりに短い作品を付け足すこともありましたが、長い方の作品が「通し狂言」です。
いわば12時間の連続ドラマです。昔はテレビドラマ12本分というような言い方をしていましたが、
今ならドラマの録画やネットフリックスで一つの作品を朝から晩までぶっ通しで消化するようなものでしょうか。
現在の劇場は例えば昼に開場して夕方には終わりますが、江戸時代の劇場は、朝から晩まで
休憩をはさみながら一日じゅう上演していました。入場券も一日券で、出入りが自由でした。
現在でも同じような興業の姿を残しているのが、大相撲です。
多くの場合朝8時半に開場して、夕方18時の打ち出しまで滞在することが出来ます。(※出入り自由ではありません)
通し狂言の場合、観客が少ない朝や午前中の場面は若手の出番が多く、
内容も伏線の仕込みなど地味な展開が続きます。客が集まってくる夕方ごろにドラマが最高潮に達し、
誰もが知る看板役者が次々と出演して劇場は大いに盛り上がります。
ここで問題があります。つまり、同じ12時間の中でも、序盤と終盤では盛り上がりに違いがあるのです。
はっきり言ってしまえば、前半の場面はつまらなく、後半の場面は面白くできているのです。
もちろん、作品や場面による出来映えの差も大きいです。
江戸時代の歌舞伎は現代のドラマと同様におおむね新作主義(新作を創作し続ける)だったので、
再び上演する機会がなく埋もれた作品や場面の方が圧倒的に多いです。
まとめると、誰もが面白いと思う場面は、特定の作品の特定の場面に限定されるのです。
古典はネタバレしてから見よう!
江戸時代末期には新たな話のネタも尽き、歌舞伎の古典化が始まっていました。
その中で、面白い場面だけを抜き出してくっつけた「見取り狂言」が生まれたのです。
当時の人は、主な古典は大まかなストーリーを知っていましたから、
一つの場面だけ抜き出しても意味がわかり、大いに楽しんだのです。
しかし時代が下り、現代人は歌舞伎本来の姿「通し狂言」のストーリーをまったくと言っていいほど知りません。
現在、完全に最初から最後まで通し上演することができ、見る機会がある作品は
いわゆる「忠臣蔵」ものの基礎になった「仮名手本忠臣蔵」(かなでほんちゅうしんぐら)くらいのもので、
他の作品は演出が残っておらず、全集や古い台本などを読む機会がある研究者や制作者に限られます。
つまり、江戸時代の人々のように歌舞伎を楽しむためには、ストーリーを事前に知っておくべきなのです。
ウェブサイトや出版物などであらすじを読んだり、筋書を買って読みながら観ると、さらに楽しめます。ネタバレ万歳!
予習が面倒な人、もっと知りたい人は、音声解説「イヤホンガイド」を借りてみましょう。
芝居の状況を場面と同時解説してくれます。(歌舞伎のほとんどの公演には貸し出しがあります)
新作は好みに応じて楽しもう!
ただし、概ね明治後期以降に書かれた作品(新歌舞伎/しんかぶき)や新作歌舞伎などは、
西洋演劇の手法を取り入れており、言葉も現代語またはそれに近い作品になっているので、
観たままで理解できます。公式サイトの解説を読めばだいたい見当がつくので、
その場合は事前に予習しなくても大丈夫です。当サイトでも解説を書いていこうと思います。
もちろん、ストーリーはいいから役者さんの演技や派手な演出を楽しみたい!という人は
あらすじを知ってから楽しむのもアリです。近年の新作歌舞伎は漫画、アニメ、ゲームなどと
コラボレーションしているものが多く、その場合は下敷きとなった作品の知識がないと
充分楽しめないことも起きます。これは通し狂言の問題と似たようなものでしょう。
ここまで、はじめて歌舞伎をご覧になる方のために
「なぜ歌舞伎は難しいと思われがちなのか」について解説してきました。
みなさまの歌舞伎ライフがより楽しくなれば幸いです!
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