伝統文化に関わる人々の敬称と呼び方
2023年7月9日
【更新】2023年7月23日
ここでは、伝統文化に関わる人々の呼び方と敬称について説明します。
名前は下の名前を呼ぶ(例外あり)
伝統文化に関わる記事や放送番組を見るとき、○○さんという慣れない響きを見聞して残念な気持ちになることが多いです。
ここでは、伝統文化に触れている人々が思っているモヤモヤを解決し、正しい呼び方を広めたいと思います。
現代日本で一般的に人名を呼ぶ場合、フルネームではなく短縮して呼ぶときは、「姓名」のうち「姓」、上の名前を取ります。
例えば「大谷翔平」さんの場合は、「大谷」さんと呼ばれることが多いですね。
「翔平」さんというのはよほど親しみを覚える呼び方でしょう。
しかし、伝統文化に関わる人々の場合は、上の名前を取って呼ぶと、違和感を覚えるか、むしろ不敬に感じることさえあります。
原則は「芸名または通称名を呼ぶ場合、上の名前」「本名を呼ぶ場合、下の名前」です。(例外あり)
例えば、歌舞伎の「市川團十郎」(いちかわだんじゅうろう)さんを「市川」さんと呼ぶのは普通ではありません。
理由は二つで、この場合の「市川」は姓ではなく他人と区別する記号的な意味しかないこと、もう一つは「市川」さんが多くて区別できないことです。
この場合は、「團十郎」さんと呼ぶのが普通の考え方です。
これは、歌舞伎だけでなく文楽、寄席演芸(落語・講談など)にも共通するものです。
「尾上さん」「中村さん」(歌舞伎)、「竹本さん」「鶴澤さん」「桐竹さん」(文楽)、「柳家さん」(落語)、「神田さん」(講談)はやめましょう。
例外は、相撲の四股名(しこな)です。
四股名は一般に通用している名前が「上の名前」なのです。
例えば、「照ノ富士」さんは「照ノ富士 春雄」(てるのふじ はるお)という四股名が正式です。
しかし、伝統文化の人々だからといって「春雄」さんと呼ぶのは普通ではありません。そう呼ぶのはよほどのマニアか近しい間柄です。
やはり四股名の場合は、一般に通用している「照ノ富士」さんと呼ぶのが妥当でしょう。
能楽(能・狂言)の場合は、中間的な位置づけです。
例えば「野村万作」(のむらまんさく)さんは芸名(名跡)ですので、「野村」さん、「万作」さん、どちらでも構わないことが多いです。
一方、「大槻文藏」(おおつきぶんぞう)さんは本名ですので、「大槻」さんと呼んだ方が良いかもしれません。
ただし、能楽の場合は親子で代々能楽を続けている場合があり、区別するためと親しみをこめて「文藏」さんと呼ぶシチュエーションもあるかと思います。
芸名は呼び捨てでもよい
伝統文化に関わる人々を呼ぶ場合、相手を上に見てとにかく「さん」や敬称を付けたがる傾向が見られます。
しかし、これは必ずしも正しくありません。
とくに話し言葉の場合、芸名または通称名を「呼び捨て」にしたほうが「敬意がある」「粋である」と評価されることがあります。
例えば「市川染五郎」の場合、「市川染五郎」または「染五郎」と「呼び捨て」にしても全く問題ありません。
「咲太夫」(文楽太夫)、「喬太郎」(落語)、「若元春」(相撲)、これも普通に通じますし、特に不敬だとは思われません。
不敬に思っている方もいるかもしれませんが、それは無粋な在り方かもしれません。
用例:Q「あなたはどの落語家が好き?」 A「(春風亭)一之輔が好き」
「さん」を外すことによって、よそよそしい印象がなく、かえって親しみがありかっこいい感じもします。
呼ぶ相手が芸名または通称名の場合は、呼び捨てで呼んでみることも一つの方法です。
ただし、実名を呼び捨てにすると親しい間柄でない限りは一般社会同様に不敬な表現なので、くれぐれもご注意を。
敬称はいろいろある。迷ったら「さん」
伝統文化にかかる人々の敬称はさまざまあります。
それぞれの分野によって正しい呼び方で、正しい使い方をしないと見くびられますよ。
歌舞伎の場合、書き言葉では「丈」(じょう)を使います。例えば「尾上菊五郎丈」となります。
ただし書き言葉での敬称のため、話し言葉で「菊五郎丈」というと、よそよそしい感じがします。
「さん」付けにしましょう。もしくは呼び捨てでも充分です。
文楽の場合は、「さん」付けが一般的です。
ただし、太夫は「太夫」それ自体が敬称になっているので、「太夫さん」だと二重敬語になるおそれがあります。
「織太夫さん」もしくは「織太夫」だけでも大丈夫です。
能楽の場合も、「さん」付けです。「梅若さん」「萬斎さん」が普通です。
正式な師弟関係になった場合はわかりませんが、能の謡曲・仕舞(ようきょく・しまい)などの教室・講座で
能楽師と教わる側が先生:生徒の関係になる場合は、一般社会同様「○○先生」と呼びます。
落語の場合は、真打の場合「師匠」です。
前座・二つ目は「師匠」と呼んではいけません。敬称をつけるなら「さん」で。
講談の場合は、真打の場合「先生」です。
同様に前座・二つ目は「先生」と呼んではいけません。敬称をつけるなら「さん」で。
講談真打の場合、弟子を取っていれば誰かの師匠であることは変わりないのですが、
例えば「松鯉師匠」(しょうりししょう)と呼ぶと物をわかってない感じの人に思われます。
「松鯉先生」(しょうりせんせい)が普通です。
寄席色物(落語・講談以外)の場合は少し困ります。
原則は「先生」なのですが、紙切り・太神楽(だいかぐら)など伝統芸の場合は「師匠」と呼ばれることが多いです。
また、色物には正式な真打制度がないので、真打格かどうかも一般客からはわかりません。困った場合は「さん」付けが無難です。
相撲の場合は関取(幕内・十両)の場合「関」(せき/ぜき)です。
例えば「大栄翔関」(だいえいしょうぜき)となります。
また、横綱と大関は特別な地位であるため、単に「横綱」「大関」と呼んでも敬称になります。
NHKのインタビューなどの場面では「関取」という言葉もよく聞きます。
幕下以下の力士は「関」をつけません。(例外として、過去に関取だった人にあえて付けて呼ぶ人はいます)
関取自身は「さん」でも「関」でもどちらでもいいらしいのですが、「○○さん」はあまり通用していないイメージがあります。
どちらかというと、「○○さん」よりは「呼び捨て」のほうが通じると思います。
関取に「○○関」でなく「○○さん」と呼ぶのは失礼なのか? 芝田山広報部長と元松鳳山に聞いた
以上からわかるように、「さん」付けは無難な敬称です。
わかった振りをしておかしな敬称を使うほうが恥ずかしいです。
困ったら「さん」と覚えておきましょう。
以上、伝統文化に関わる人々を正しく呼んでほしくてこの項を書きました。参考になれば幸いです。
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